◎平成20年度事業報告書等に関するご報告~

当NPOへの平素からのご理解、ご協力誠に感謝しております。
今回、このような報告をいたすことになったのは、非常に心苦しい限りですが、この件についての説明をさせていただきます。

ご存知のように、当NPOは本来平成20年度の5月に認定・活動開始となるはずでしたが、提出の際の行政書士の不手際により、9月からの認定・活動の開始となってしまいました。
そのことにより、同年に行政書士と当NPOで話し合いの場を持ちましたが最終的には物別れにおわっております。

とは言え、9月に認定され活動を開始しましたが、10月から12月まではNPOの組織としての地固め、実力を蓄える時として、表立った活動はせずに、理事個々のレベルアップに努めていた次第です。

しかし平成21年1月、NPOへの協力を申し出ていた人物が、NPOの名称を使い、カウンセリングに関する知識・資格も無いままカウンセラーのようなことを行い、当団体へ苦情が来ることなどもあり、それらの対処を理事長が行い、また書類、事務などの管理も行う状況が続きました。
さらに、平成21年6月から7月にかけ当時の理事が精神面での問題を再発させ、理事末岡の解任及び、回復のために当NPOを除籍という形を取る結果となってしまいました。

これは、NPOとする事を急いだあまりのストレスの蓄積・負担の増加によるものと思われますが、さらに福祉団体の運営経験者が実質1名しかいなかった事から起った事とも言える事態で、組織作りの前にNPOになってしまったことによるものとして反省しております。

その上、同年7月に先に述べました協力者として名乗りをあげていた人物がさらに知識・教育を得ないままのカウンセリング行為により、理事長へのあらぬ誤解による苦情が発生し、対処に追われる事になりました。
この時期に書類、報告書などはまとめていたはずなのですが、この対応などで確認は他の役員が中々行えないというのもありました。
一応その問題、誤解などは解決しましたし、同年9月には書類をだしたと嶋村も言っていたことから何がしかの書類を出したことは間違いはないのですが、現在体調を崩し入院し、連絡の着かない状態で確認がとれておりません。

多くにカウンセリングの講習、トレーニングを行わないまま当団体への協力の名の下にレシピエントの精神状態を悪化させるような行為を見逃してしまった私たちの甘さもあります。
また、嶋村自身が一身上の都合により故郷の宮城に戻っていて対応が後手後手になってしまった部分も否めませんが、スタート直後からの(場合によってはスタート以前からの)問題をはらんだ状態を解決することを優先したため、書類まで確認の手が回っていなかった事を深く反省いたします。

加えて、平成21年度初頭(11月から12月期)に、当時の理事であった飯嶋から沢田泰司氏よりの寄付がある、あったとの話がありながらも、その寄付の規模は一切伝えられないままでありながら、その事を公表したがった結果、財務上の問題を解決しない限りは載せられない、公表できないという理由の説明をしました。

この寄付金をNPOの経理関係にまわさないまま数ヶ月を徒に過ぎさせてしまった事もあり、法的な処置はもとより、事務的、経理的な処理もできずにいました。
なおかつ、彼の要望ではNPOで沢田泰司氏のトークショーとライブを開きそのときにNPOに渡すようにしたい、と要請されましたが、それではNPOのイベントではなく沢田泰司氏のイベントになってしまい、規約(定款)に反するということで許可を出していません。
それ以後、連絡を取らず最終的に平成22年4月にNPOに受け取ることとなりました。
また、この後も報告などで多く問題を発生させたため、22年4月をもって理事の解任となりますも、沢田泰司氏側より彼の反省をまってほしいとの事から平成22年十二月まで待ちましたが、なんら返答も無くまた連絡も無いまま過ぎ、その時点をもって飯嶋秀之、木村豊子の両名は解任、除籍という結果に終っております。

なお、この寄付の話や、沢田泰司氏のライブを行うように飯嶋が言ってきていた時期に、提出されている定款が、こちらの望む定款の体をなしていないということも発覚しており、これらの修正の処理をするようにしていました。
この処理を主立って行っていたのは理事の松本ですが、修正や法務局へ出向き内容の確認などをする作業の中、飯嶋の望む沢田泰司氏のトークと弾き語りのライブなどは定款違反になる可能性が高く、また寄付の金額がわからないままではライブを行う事は寄付金欲しさにライブを開いた、寄付金を餌にライブを開かせたという誤解を招き、NPO事態の存在を疑問視される可能性を考え強行に拒否せざるを得ませんでした。
理事の松本としては、わかるように説明したつもりですが、本人には伝わっておらず、まったく音信不通になる状態となりました。

またその寄付金ですが、すでにご報告したとおり22年4月末に受け取り、経理処理をしないといけない状況ですが、受け取った時期が不明ということから、理事長が受け取った時期でいいのか飯嶋が受け取った時期でいいのかの判断をこういったことに詳しい人に相談し、解決することになりました。

結果として、その寄付金額が10,000円であること、特定非営利法人であり認定非営利法人でないことから、理事長が受け取った日でよいだろうということになったのですが、これらの対応もまた多く時間を使うこととなってしまい、事業報告に関する書類は、20年度、21年度の両方が提出されない状況となってしまった次第です。

本来このようなことがないように複数理事で回すのが妥当なのだと思います。
しかし思うようにいかず、組織としてなってない状態となったことは真に恥じ入る次第であり、今後早急に改善していきたいと思います。


多く、特に事務的な処理の問題で出すべき書類を忘れるということ、また思い違いによって書類の提出が済んでいると思ってしまったことから、入院加療中の嶋村と早々に連絡を取り、年内には書類を全て出すようにしたいと考えております。

しかし、三月十一日の地震があり宮城県在住の嶋村と連絡がさらに取れない状態となってしまっております。
年内のいつまでに、と確約はできないのですが、なんとか地震の影響がなくなったところで、理事の松本が宮城に出向くなどをしてでも書類の不備を直し、早々に提出をしたいと思っております。

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